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    <title>上海・トラベルノート</title>
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    <title>【観光】外灘②延安東路</title>
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    <dc:date>2008-11-27T12:35:21+09:00</dc:date>
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      <![CDATA[実は、延安東路はクネクネ曲がってるんです。なぜなら昔は
この道には川らしき、水路があったからなんです。水路は
洋涇浜（ヤンジンバン）と呼ばれ、英国租界とフランス租界の
境界となりました。上の画像は、水路があった頃の延安東路
の復元想像図で、下の画像は、水路を埋め立て、広くなった
延安東路です。昔の名は、「Edward Ⅶ Avenue（漢字表記は
愛多亜路」でした。向こうが外灘方向なので、道の左側が
英米共同租界で、右側がフランス租界となります。英米共同
租界は200Vで、フランス租界は100Vと、インフラが別々に
なっていたので、電柱の形や消火栓の形が違ったそうです。
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また現在の、延安東路に戻ります。外灘が近付いてきました。
解放前、この辺りから見えたのは「女神像」だったとか…。
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そしてこの画像は、当時この辺りにあった「女神像」です。
正式名は欧戦紀念碑といい、上海歴史ガイドマップによると
『第一次世界大戦で戦死した、欧米居留民を記念して共同
租界と、フランス租界の境界付近のバンドに建造された女神像。
戦時中に、日本軍により撤去された。』・・・・となっています。
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この画像は、女神像があった所から見た外灘北方向です。
上の画像は、上海大厦(1934年竣工）が建っていないので
1933年以前のようです。真中の画像は、遠くに上海大厦が
見えるので、1934年以降なんでしょう。下の画像は、80年代
と思われ、もちろん、この時には女神像はなくなっています。
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    <title>【観光】外灘①延安東路</title>
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    <dc:date>2008-11-26T11:41:48+09:00</dc:date>
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      <![CDATA[名物観光スポットで、「上海タイフーン」や「夜の上海」など
数多くの映画やテレビドラマのシーンの登場した『延安高速
の外灘への高架道路』がなくなり、残念に思っていましたが
延安東路を歩いてみると、これはこれで意味があったな…と
思いました。以前より格段に景観が、良くなっているのです。
元々広い延安東路が更に道幅を広げ、まさに大パノラマです。

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江西中路から延安東路に出ました。下の写真は去年のもので
まだ延安高速の高架がありますが、上の写真は最近のもので
高架がなくなったことで、非常に見通しが良くなっていますね。
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江西中路の交差点から見た、延安東路の外灘方向の風景です。
どうですか、高架がなくなったことで見晴らしが良くなったでしょう？
下の画像は去年の風景ですが、全く違う風景になっていますね。
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これは、四川中路との交差点から見た、外灘方向の風景です。
下の高架があった頃の写真と比べると、本当に変わりました。]]>
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  <item rdf:about="http://shanghai.travel-note.jp/blog/archives/382">
    <title>【宿泊】上海大厦③ブロードウェイ･ホテル</title>
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    <dc:date>2008-11-25T11:52:29+09:00</dc:date>
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      <![CDATA[これが今は無き、ガーデンブリッジ（外白渡橋）の姿です。
2008年3月1日に閉鎖。1907年にかけられ、上海人からは
「祖母橋」と呼ばれ親しまれた外白渡橋は、外灘の総合
交通改造と、100歳になる「祖母橋」保護のため、現在は
上海造船所で修復中。2009年3月、外白渡橋はこれと同じ
姿でここに戻され、以後50年は使用可能になるそうです。

　

87年の写真で、上海大厦から見た風景です。



上海大厦の西ウィングから、ロシア領事館方向を見た風景です。
正面にロシア領事館。その左は、海鴎飯店（シーガル･ホテル）。



これは上海大厦の東ウィングから見た、ロシア領事館です。
そして手前左が浦江飯店、右がロシア領事館です。ここで
「ロシア領事館」について。上海歴史ガイドマップによると
『1917年建造。世紀末折衷主義様式のレンガ造り4階建て。
帝政ロシア領事館が、1924年ソ連領事館として引き継いだ。
1927年末閉鎖、1933年南京政府とソ連が国交を回復、再開。
1935年10月の革命記念日のパーティーには、魯迅、宋慶齢
茅盾らが招かれて赴く。60年代の中ソ対立で再び閉鎖され
海員倶楽部として、レストラン･バーとして開放されていたが
1986年ソ連領事館として復活。』･･･今はロシア領事館です。]]>
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  <item rdf:about="http://shanghai.travel-note.jp/blog/archives/560">
    <title>【観光】泰興路④</title>
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    <dc:date>2008-11-21T15:54:18+09:00</dc:date>
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      <![CDATA[こちらは3階建ての集合住宅です。小さいながら、庭もあります。



この路地も面白そうです。中へ入ってみましょう。



奥の路地でも、野菜を売ってる人がいます。



右の建物の上部の凝った飾り模様も、相当年季が入ってます。



ゲートをくぐると、泰興路に戻ります。ゲート脇で合鍵作り屋さんが
店を広げ、自転車盗難防止用のチェーン等を売っています。&lt;終&gt;]]>
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    <title>【観光】福州路④</title>
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    <dc:date>2008-11-20T11:58:35+09:00</dc:date>
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      <![CDATA[これがメトロポール･ホテル（新城飯店）です。



左がメトロポール･ホテル（新城飯店）、右がハミルトン・ハウス
（福州大楼）です。これをある人は、2つはクローン建築物と！？



左がハミルトン･ハウス『福州大楼』、右が米国総領事館
です。そしてその間に顔を出すのは、パイナップル型ホテル
（※王冠型のウェスティン･ホテル)です。旧米国総領事館と
ハミルトン･ハウス、メトロポール･ホテルは殆ど同じ形です。
そしてこの3つのビルと工部局ビルが、福州路と江西中路の
交差点を円形で囲むように､上手く配置されているんです。



これが工部局ビルですが、これをファサードと言うのでしょうか。
建物の正面部分が、円形にカットされています。他の3つのビル
も同じ形状をしているので、この交差点は円形になっています。
工部局は、当時の英米共同租界地を取り仕切るお役所です。
全てを牛耳っていたんでしょう。現在は、上海市労働局等です。



福州路も終わり、匯豊銀行（香港上海銀行）が見えてきました。
この手前の建物は面白いですね。イギリス風のハーフティンバー
様式でしょうか。昔の名はアクエリアス･カンパニーだそうです。



外灘の大通りから九江路に入ります。これが別名「二馬路」
結局…今の福州路には、夢のスマロの面影は見られません。
昔ながらの通りは、河南中路から四川中路。もう少し許される
のなら外灘まで。この区間は30～40年代風景と殆ど変わらず
建物の9割近くが、そのままの状態で残っています。&lt;終わり&gt;]]>
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    <title>【観光】福州路③メトロポール･ホテル</title>
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    <dc:date>2008-11-19T16:44:18+09:00</dc:date>
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      <![CDATA[これは昔の福州路の写真です。山東路を越えた、河南路の
手前から東を見たものです。メトロポール･ホテルが近くに。



これは上の古い写真と大体同じ位置から撮ったものです。
モノクロ写真にしてみました。両側に並ぶ建物には、昔の
ものが残っているのかどうか…？少なくとも、遠くに見える
メトロポ－ル・ホテルだけは、当時と変わらないようです。 

福州路を東へ行き、河南中路を越えると、メトロポ－ル・ホテルが
近付いてきました。左に並ぶ建物は工部局の入っていた建物です。 

写した写真をセピア色にすると、当時そのままという感じでしょう。
電線と車と横断歩道の模様が、いくらかそれを邪魔しますが…。 

メトロポール･ホテル『新城飯店』。福州路×江西中路にあります。]]>
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    <title>【観光】泰興路③</title>
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    <dc:date>2008-11-18T11:48:34+09:00</dc:date>
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      <![CDATA[この古い路地を入ってみましょう。



路地の奥には、おばあさん二人が。



日向ぼっこしていました。右は工事用の事務所のようです。
以前は左と同じ煉瓦造りの建物が、並んでいたのでしょう。



天気が良いので、奥には洗濯物が並んでいます。]]>
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    <title>【観光】泰興路②メドハースト･ロード</title>
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      <![CDATA[雰囲気のある石庫門です。上部の飾り彫りは、なかなかのもの。
その下に書かれてる字は、「盧寄様抱」のように見えますが？！



泰興路から東へ延びる路地に入ると、そこへアメリカ人らしき
ツアーの一行が、ゾロゾロ～とやってきました。どうやらガイド
に連れて来られたようです。石庫門住宅として有名なのか…
あるいは、有名なアメリカ人が住んでいたのでしょうか…。



洗濯物を写す、アメリカ人。



こちらでは道端に椅子を出して、井戸端会議をやっています。]]>
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    <title>【観光】泰興路①メドハースト･ロード</title>
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    <dc:date>2008-11-17T12:38:47+09:00</dc:date>
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      <![CDATA[ご紹介するのは 「泰興路」。下の地図では、ちょうど真中辺り。
静安別墅の右側、41路バス停の左側、見つかりましたか？





泰興路を南へ行くと、趣のある石庫門住宅が見えてきました。

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ここにも石庫門住宅が。昔、泰興路は「Medhurst　Road」と言い
メドハーストとは、当時のアメリカ上海総領事の事だそうです。
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こんな場所でも、麺を食べている人達が。
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振り返ってみると、両側に石庫門住宅が並んでいます。]]>
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    <title>【宿泊】上海大厦②ブロードウェイ･マンション</title>
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    <dc:date>2008-11-14T12:22:46+09:00</dc:date>
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      <![CDATA[中に入りました。1階ロビーの様子です。この正面エレベーター
に乗り4階へ。このフロアーがG階で、イギリス･スタイルです。



４階に着きました。



4××号室です。友人が宿泊しているので、お邪魔させて
もらいました。テーブルとソファーがあり、広い居間ですね。



質素ながらも、なかなか趣きがあります。



これがベッドルームで、右奥がバスルームになっています。]]>
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